長岡造園の歩み
長岡力蔵の肖像

長岡 力蔵

 

長岡造園株式会社の前身の「長岡組」創設者。

敗戦の真っ只中、緑のある街づくりを夢に、東京にて植栽事業を開始する。

昭和31年苫小牧市に移り、工業都市苫小牧の緑化計画に参加。昭和60年没。

工事写真1 工事写真2

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風景写真

創業65年。

長岡造園は、ただひたすら植栽のため汗を流し続けた先代社長長岡力蔵の意志を引き継いでまいりました。

潤いある街づくりを念頭に、長岡造園は市民の皆様に愛される企業を目指し日々努力しております。

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造園写真

『樽前の裾野に萌えよのこ若木』

 これは、苫小牧のシンボルとも言える樽前山の裾野に緑の町並みを創造しようという願いをこめ発表された第36回の北海道植樹祭に於ける標語であります。

 

 元来、物理的にも生物学的にも苫小牧は植物の育成には非常に困難な場所でした。

 

造園工事

 原因はまず、土が未熟な火山灰土であること。

 さらには、太平洋から吹き続ける塩分を含んだ潮風が過酷な北海道の自然環境に追い討ちをおけてきました。

 

 しかし、このような過酷な立地条件の中でも苫小牧の植物たちは少しずつですが年々樹冠を広げ、大地に根をおろし続けて来ました。

 

植栽作業

 植栽事業は、その内容あるいは大小に関わらず子育てと同じです。

 植物は生き物なのですから長い年月愛情をもって育てあげなければなりません。

 

 最初の1本から2本へと。つまり点から線へと線から森へと植栽を継続することが優れた自然環境を創造するただ1つの近道です。

 

植栽用樹木の運送

 幸いなことに、苫小牧の緑化事業も市民の皆様あるいは行政に関わる方々のこれまでの努力と協力によりまして、ある一定の成果を見るまでになりました。

 

 さて、これから加速度的に良くなろうとしている苫小牧のこの緑化事業をさらに理想の環境に近づけるには祖父から父へと、父から子へと受け継いでいかなければなりません。

 

植栽仕上げ

 私ども長岡造園株式会社も名実ともにその時が到来したことを日々感じております。

 

 皆様の愛すべき郷土でありますこの苫小牧の緑化事業に職業として携わるものと致しましてその先人の努力を無駄にすることなくその責任と使命を強く感じている今日このごろであります。